2021年11月21日主日「美しく創造された世界」鄭元然牧師

大阪教会主日礼拝 <2021年1121日> 五旬節後第26主日

                         説教 鄭元然牧師/通訳 金光成長老

*題目 : 美しく創造された世界

聖書 : 創世記1章26節-31節

[/新共同訳]

26. 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」 27. 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。28. 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」 29. 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。30. 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。31. 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六である

<説教>

教会の暦(節期)は感謝節を過ぎ、待降節を一週前と控えている主日です。今日は、皆さんと分かち合うみことばは、神様が私たちに与えて下さった宇宙と地球村の話を一緒にしたいと思います。

先週、イギリスのグラスゴーという地域に世界から197の政府代表団が集まりました。 実際、国連に加入している国が193カ国ですが、ここに集まった国数はもっと多かったです。 会議の名は第26回国連気候変動協約締約国総会(COP26、議長国:イギリス)で、2週間の会議を終え、11月13日午後23時30分頃(イギリス現地時刻基準)に閉幕しました。 元来の計画は11月12日(金)に終了予定だった国際会議が一日延期する想像できないことが起こりました。 今回の会議には、197ヵ国の締約国政府代表団を含め、産業界、市民団体、研究機関などで4万人余りが参加した大規模の国際会議でした。 国連が中心となり、「地球を生かそう!」と掲げました。

元来この国際会議は2020年開催予定でしたが、コロナ禍で1年延期して集まった会議でした。120カ国では大統領や首相や関係省庁の長官や責任者が集まりました。この会議の中心課題は、一言で言えば地球温度が上がっているので、1.5℃以内にしてみようという内容で、世界のすべての国々が気候行動を強化しようという約束をする会議でした。コロナ禍の後、私たちは温度に非常に敏感になりました。 人の平均体温を36.5℃としたとき、コロナ菌に感染すると発熱します。それも1.5℃から2℃ぐらい上がっても病院で一般的な診療を受けれないことを経験しました。実際、最近の地球は10年単位で見ると、平均2℃以上上がると、地球に大災難が起こるだろうという専門家の研究を基にして、1.5℃以内にしようとのことです。

皆さん、地球の気温が1.5℃や2℃上がることが、私たちと何の関係があるのかと思うかもしれません。しかし、これは他人事ではありません。 まさに私たちの事です。 さらに、神様が創造されたこの美しい世界を私たちに与えて下さったので、この創造秩序をよく守り、幸せな生活を送るべきです。 今日、私たちはこのみことばを共に考えながら決心することは、クリスチャンにおいての社会的責任と神様のみことば、戒めに対する従順を一緒に考えなければなりません。

宇宙万物を最も美しく、秩序を持って創造されました。最後には人間を創造されますが、神様はご自分にかたどって人を造られました。そして、神は彼らに祝福を与えられ、産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ、地上のすべての生き物を支配し、管理する権威と能力と知恵を与えて下さいました。しかし、今日に至っては平安の代わりに不安と恐怖が、豊かさの代わりに貧困と窮乏(きゅうぼう)が来て、生きて繁栄せよという祝福がむしろ呪いのように、人口爆発の問題に変わってしまいました。それだけでなく、人間に美しさと有益を与える自然はますます破壊され始めました。なぜ祝福が災いに変わってしまったのでしょうか。それは創世記3章に記されているように、人間が神様の前に罪を犯したから生じたのです。創世記3:17後半を見ると、「お前のゆえに、土は呪われるものとなった。」と言われ、18節には「お前に対して土は茨とあざみを生(は)えいでさせる。」と言っています。人間が堕落した後、地は呪われるものとなりました。

その理由は、人間が罪を犯すことで管理能力を失ったからです。 神様中心の人生が自己中心の人生に堕落したからです。 したがって、利己主義は人間の堕落の結果の1つであります。 罪によって美しい人間の性格が破壊され、これによる管理不注意で自然環境はますます破壊されているのです。 農夫にいくら肥沃(ひよく)な土地を与えるとしても、管理を疎かにすれば荒地になってしまうのです。 管理する人がいつも酒に酔っており、仕事に関心がなければ、それが土地であろうが家であろうが廃墟になってしまいます。 したがって、土地であろうが家であろうがよい管理者に出会うのが重要です。

人間は一言で言うと良い管理者ではなく、破壊者です。 神様がくださった美しい状態を破壊しました。 良心を破壊し、神様との関係を破壊しました。 それだけでなく、エデンの園を破壊し、環境までも破壊してしまいました。 そして今は地球を破壊しています。 サタンは破壊者です。 人間が破壊の道具になったのは罪で神様に背いて、サタンの僕になったからです。 サタンが人間の背後で働いているからです。 それで今日もサタンは家庭を破壊し、人間の和睦を破壊し、教会を破壊し、さらには天国まで破壊しようと動いているのです。

世界の各国が環境問題に関心を持ち始め、1972年にスウェーデンの首都ストッククホルムで国際連合人間環境会議が開かれました。そして、そこで人間環境宣言を宣布しました。それから20年後の1992年6月にブラジルの「リオデジャネイロ」で国連環境開発会議が開かれました。 1997年には京都で開かれました。このように長い間、多くの人々が地球を生かそうとスローガンを掲げながらも、変わらず地球を破壊してきました。地球環境を専門的に研究する学者たちは、もし人類が10年以内に地球を生かさなければ、地球は滅びてしまうと警告しています。今でも地球の至る所では毎分6つのサッカー場の大きさである熱帯林が破壊されています。このまま行けば、今後30年以内に地球上にある熱帯林の3分の2がなくなるとのことです。もしそうなるのであれば、地球には想像を絶する災難が来るでしょう。

「ジョナサン・フォリット」は科学者です。彼は、「私たちが地球を生かせるために与えられた時間は10年ほどであり、これは最後の機会になるかもしれません。」と言いました。この言葉は30年前の言葉です。そして、地球のオゾン層の破壊で異常気温現象が起こり、地球は砂漠化していきながら、氷河が溶け落ちて海の水面がますます高くなっていくので、地球の土地の広さはますます狭くなってきているそうです。それだけでなく、オゾン層の破壊によって殺人の光線が防げられないので、結局人間は恐ろしい病で死んでいくことになります。熱帯林の消失で1年に5万種、1日に140種余りの無脊椎動物が絶滅しており、結局他の生物がそのように死ぬとしたら、次は人間の順番になるのです。地球の温暖化現象は、頻繁な干ばつと洪水の交差現象を起こし、台風まで頻繁に起こしているということです。

ところが、今回この気候変動に対する国連基本条約のための会議では、人間に与えられた30年の時間の中で、取り組むことができなかったという反省から始まったのです。 それは、自国の利益と発展を考えるのに勤しんで、地球全体の問題に気を使うことができなかったからです。 実は今回の会議が、一日延長され、協議書を決議する過程で、結局いくつかの国が反対をしたため会議が遅延したそうです。

最後の協議文締結と閉会をする日、議長だったイギリスの気候関連長官である「アロック・シャマール」議長は、声が震え、涙声交じりで会議の最後の発言と閉会を宣言した内容を、皆さんもニュースでご覧になったはずです。前回アメリカを襲ったハリケーンによって、ある都市が廃墟になるほど、多くの人命と財産の被害をもたらしました。 それだけでなく、ヨーロッパ地域ではフランス、イギリス、ドイツ、イタリアが、アジアでは、中国と私たちが住む日本でも集中豪雨によって甚大な被害を受けました。気象異変による災害が発生し、数百人が命を落とし、建物や高速道路や鉄道などが破壊されたことはニュースを見てよく知っています。

なぜ地球が死んでいくのですか?

無分別に捨てた工場廃水の重金属、ごみ、フロンガス、自動車の排気ガス、合成洗剤、そして蒔かれる農薬や殺虫剤…など結局、私たちが捨てるもののせいで、地球が病んで死んでいくのです。申命記20:19を見ると、「あなたが町を攻略しようとして、長期にわたって包囲するとき、斧を振るってその町の木を切り尽くしてはならない。…」と話されました。

このみことばは、樹木が人間の生存にどれほど重要であるかを説明しています。問題は、なぜ人間が地球をこのように破壊し、今も続けているのかということです。それは人間が堕落して病んでいるからです。これは歴史が語っています。創世記や出エジプト記を見ると、当時エジプトは中東地域の穀倉地帯でした。それで、イスラエルの国に大きな凶年が襲うたびに、民族がエジプトに降りて生きていたのを見ることができます。そのようにエジプトは肥沃な土地でした。しかし今はどうですか。今のエジプトは干ばつと凶年が繰り返される砂漠です。だからすべての必需品をほぼすべてを外国から輸入している実情です。乳と蜜が流れるカナンの地の場合はどうですか。同じです。不毛になってしまいました。白(しろ)香木(こうぼく)で鬱蒼(うっそう)としたレバノンはどうですか。今は一本の草も、一本の木も自然に生きにくい荒れ地になってしまいました。堕落した人間がそうしたのです。

神様は人間のために自然を創造されました。ですから人間が正しくなると自然も正しくなり、人間が腐れば自然も腐るようになるのです。その理由は管理を人間に任せたからです。どんなに良い車もドライバーの管理次第で、すぐにおんぼろ車になってしまいます。しかし、良いドライバーに会えば、新車のように走れて長持ちできます。車も良いドライバーに会わなければならなく、そうでなかったら台無しになってしまいます。環境学者たちは「環境難民」という新しい言葉を使っています。その言葉の意味はそこに住むことができない環境になり、追い出された人々を指します。人間が腐れば自然も腐り、自然が死ねば人間もそこで生きられなくなるのです。アダムとエバが罪を犯し、エデンから追い出されたました。恐らく、人類歴史初の環境難民ではないかと思います。罪を犯すと腐ってしまい、腐ってしまうと根づくところがなくなるのです。

「ジョナサン・フォリット」は、彼が書いた「地球を救おう」という本の中で、私たちは地球を短期間借りて使うのに過ぎないと言いながら、個人の責任が重要だと強調しました。正しい言葉だと思います。この地球は自然に生まれたものではありません。神様が造られました。この世には神様が作らなかったことは何一つありません。そして人間を作った後、そこに住みながら地球をよく管理するようにしばらく任せてくださったのです。ですから、私たち全員は地球を上手に管理しなければならない管理者です。私たちは善き管理者にならなければいけません。私たちは今、教会の良い管理者であるだけでなく、神様の地を借りて使う人間として地球の善き管理者になるべきです。まさにここにクリスチャンの大きな責任があるのです。実際、私たちクリスチャンは、自然環境問題や気候変動の問題においても、この世の人々とは少し違った視線を持って見なければならないと思います。

この地球村の問題は、自然と土地が問題ではなく、人が問題です。 人はそのままにしておき、いくら地と自然を直そうとしても何の効果もないでしょう。 少しは良くなるかもしれません。 しかし、基本的なものではありません。 根本的な解決策は人を直すことです。 それは教育だけでも足りません。 今日ほど素晴らしい教育方法と教育熱は、恐らく今までなかったでしょう。 しかし、人はますます悪に染まり、腐敗していきます。 罪悪に向かっている人類の足は誰も止めることができません。 唯一神様の力で可能なのです。

詩104:30節「あなたは御自分の息を送って彼らを創造し/地の面を新たにされる。」詠っています

そうです。 聖霊の力で新しい人になると、地も新しくなるということです。 私たちがまず神様の前に謙虚に悔い改め、新しい人にならなければなりません。 地球会議や環境会議のスローガンや標語のどれよりも重要なのは、聖霊の力でキリストの中で人々が変わらなければなりません。 新しい被造物として再創造されなければなりません。 それで人々の良心が甦り、価値観が新たになれば、環境も地も新たになるのです。 良心が動けば、工場排水を川に排出せず、ごみをこっそり捨てず、公害物質を躊躇いなく捨てることができなくなります。

良心が甦り、倫理が甦り、道徳性が甦るためには、聖霊様の力が働かなければなりません。 聖霊の力は人を変えるからです。 それで、まず自分自身が新しい人になり、他の人をキリストの前に導くのです。 簡単に言えば、私たちがまずイエス様を正しく信じなければなりません。 自然環境問題は人口の増加を、都市の人口集中はごみの処理問題、水質汚染、大気汚染などの問題を起こしていることを私たちは知っています。

国家的には核実験、核廃棄物の処理問題、原油流出事故も環境汚染を引き起こす原因となっています。また、今回の会議の重要課題であった化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の使用も大気汚染、地球温暖化現象などを起こしていますが、これらの使用を減らそうとしました。これを私たちが一緒に協調し合うとき、奇跡が起こるのです。神様がくださったみことばの祝福、産め、増え、地に満ちるようになります。神様がアブラハムに祝福して下さった内容を新約聖書 ヘブライ人への手紙11章12節を見れば、特にキリストの中で霊的な子、言い換えれば、イエス様を信じる子どもに与えることを約束されます。私たちが自分の便利な生活だけを考えるなら、神様が作ってくださった地球を守ることができないということです。私が少しの不便に耐え、我慢しながら共同の利益のために再創造する心構えが必要であります。

自然環境運動の内容を説明したいとは思いません。そのような時間の余裕もありません。この社会が行っている環境問題を私たちが一緒に助け合わなければならないことはもちろん、進んでは、私にとって少し不便で面倒でも神様の喜ばれることとすべての人に有益になることなら、従い、実践しなければなりません。 地球村の管理人として呼ばれた私たちは、自己中心的に生きる存在になってはいけません。 まずは神様のために生きるべきで、次は隣人のために生きなければなりません。 それが自分のためにもなるのです。 しかし、自己中心的なすべての行動は、神様に背く罪であり、隣人を殺し、結局自分までも殺す自害行為です。

出エジプト記15:23節を見ると、苦い水が甘い水に変わる奇跡が記録されています。神様が指示されたとおり、モーセが従った時、苦い水が甘い水に変わる奇跡が起きたのです。 これは基本的な変化です。 飲めない水ですが、モーセが神様の前に従うときに、のどが渇き苦しんでいたイスラエルの民がきれいでおいしい水を存分に飲めて活気を取り戻せました。 私たちが神様の前に出て信仰を持って従うときに、水が変わって葡萄酒になったように、苦い水が変わって甘い水になったように、古い人が変わって新しい人になれるのです。

愛する信徒の皆さん、神様が私たちに与えてくださった貴重な使命をよく担って、私自身が祝福を受け、隣人が祝福を受け、この地が祝福を受け、地の果てまで神様の栄光を表わすことができますように主のみ名で祈願いたします。

<祈祷>

美しい世界を創造し、人が幸せに暮らせるために与えて下さったことを感謝します。人間の罪は自然との関係を破壊してしまいました。 この罪が貪欲で無関心で利己的であることをわからせて下さり、感謝します。 この美しい自然で神様の子として生きられるように導いてください。

世界を愛される主イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。 アーメン