2020年10月4日主日礼拝<恵から感謝へ>鄭然元牧師

大阪教会 主日礼拝 <2020年 10月4日> 五旬節後第18主日 

説教 鄭然元牧師 / 通訳 金光成長老

 

* 題目 : 은혜에서 감사함으로 みから感謝

* 聖経 : 골로새서 315-17 コロサイ信徒への手紙315-17  

 

<日/新共同>

15. また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。16. キリストの言葉があなたがたのに豊かに宿るようにしなさい。知くして互いにえ、諭し合い、詩編と歌と的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。17. そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。

 

<説教>

愛する信徒の皆さん、一週間も元気に過ごされましたか。

10月の最初の主日を迎えました。 2020年も2/3が過ぎ、後3ヶ月を残しています。私は先週の主日の説教で「主の恵み」について話させていただきました。 「主の恵み」とは、功労がない人に、主が自由な選択と方法で賞を与えるとのことです。主が人に無条件に施すギフトが「恵み」であると申しました。罪を犯した人は、その罪によって審判され罰を受けます。主の慈しみにより、独り子イエス様が罪人の代わりに十字架で死なれました。そして、永遠なる天の国をギフトとして与えてくださり、それが「主の恵み」だと言いました。貴重なギフトが与えられ、このギフトをもらった私たちはどのようにすれば、恩返しができる信仰生活を送れるでしょうか。その質問をしました。説教を聞いてからの一週間、どのように考えましたか。

ドイツの詩人、ゲーテ(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ/ Johann Wolfgang von Goethe)は

詩「歌を歌う人」の中で、

呼吸には二つの恵みがある。空気を吸い込み、吐き出すこと。

前者は抑えて、後者は生きていけるようにする。命とはこんなに調和が取れたもの。

神があなたを抑えるとき、神に感謝せよ。

神があなたを再び解き放つとき、神に感謝せよ、との内容の詩です。

コロナウイルス事態により、人が呼吸し、息を吐くことがいかに重要なのかがわかりました。2日、驚きのニュースが入りました。米国のドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領夫妻がコロナウイルスに感染され、陽性判定を受け、ホワイトハウスで自己隔離しているということでした。コロナウイルスに感染すると、呼吸が難しくなり、息ができなくて死ぬそうです。人の肺は、空気を吸い込むこともしますが、息を吐くことで正常な呼吸活動が行えます。健康な人は呼吸するとき、今息を吸う、吐くと考えずに、自然に呼吸活動をします。このように、私たちの日常生活の中で、感謝すべきことがどれほどあるか知りません。今日のみことば15節、 また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。

罪の問題が、私たちの生活で立ちはだかっている時には、平安を得られません。しかし、人類の罪の問題をキリストであるイエス様が解決して下さったので、主の恵みにより、平安を享受できるのです。使徒パウロが言った「あなたがたの心を支配するようにしなさい。」は、競技場で「審判者になれ。」という意味で使われる言葉です。すべてのことに、正しい判断をしなさいとの意味です。競技場で審判は、競技の法則、すなわちルールを守りながら試合を進める役割をする人です。結局、このみことばは、私たちが生活する中で、主の恵みにより平和を維持するのと同時に、感謝する人になりなさい!と教えているのです。

16. キリストの言葉があなたがたのに豊かに宿るようにしなさい。知くして互いにえ、諭し合い、詩編と歌と的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

私たちは、主のみことばで生きる信徒です。この世の人々と異なる点は、主のみことばを中心において生きる人々です。イエス様のみことばを信じ、イエス様のみことばに基づいて生きる人々です。クリスチャンの中心には主の言葉がおかれるべきです。いくら多く学び、人生の経験があり、富を所有しているとしても、主のみことばが中心にない場合は、正しい信仰生活を送りにくいのです。毎朝、箴言のみことばを一章ずつ黙想しています。繰り返され、継続的に与えられる内容は、知恵を大切にしなさいとのことです。子どもたちに知恵を教え、互いに諭し合いなさいと勧めています。

16節のように、私たちは、詩と賛歌と霊的な歌で私たちの信仰を告白して生きていくのです。使徒パウロは、感謝の気持ちで主を褒め称えよと勧めています。主を讃美することは、私たちの声で、メロディーがある讃美歌を歌うことです。コロナ禍で、最も困難な状況になっている教会の組織の一つが聖歌隊です。

聖歌隊員が声を一つにし、はもらせ、美しい讃美を捧げることができないので、大変な思いをしておられます。辛うじてOn Lineで、私たちの映像礼拝のように、練習をしています。数週間前から、女性会のエステル聖歌隊はオンライン練習をしています。

このように讃美を歌うことも重要ですが、曲を作り、詩を書き、讃美歌が作られます。教会の歴史の浅い韓国と日本では、讃美の作曲家と作詞家を発表している場合は珍しいです。私たちが使っている讃美歌の作曲家や作詞者の中で、最も多くの曲と関連がある人がだれかご存じですか。恐らく知っておられるでしょう。今日の礼拝の讃美が普段に比べ、少し違っているのがわかりましたか。そうです。最初の讃美歌が前半に出てくる「讃美」部分からではなく、違うところから曲を選び、讃美しました。531番は「招き」と関連する讃美です。279番は「悔い改めと赦し」にかかわる讃美です。

牧師である私が選んだ今日の4曲の讃美は、作詞者が同じ人です。この4曲だけでありません。今、私たちが使っている讃美歌の中で、なんと21曲が載っています。前回の讃美歌では、24曲でした。最も多くの曲が載っているこの方の名は、「ファニー・ジェーン・クロスビー/ F. J. Crosby」です。私たちが讃美歌を歌いながら誰の作詞なのか、誰の作曲なのかを確認してから歌ったりはしません。しかし、讃美は一曲、一曲ごとに物語があり、信仰告白が潜んでいます。私たちがよく讃美する曲で、31番「讃美せよ、救い主イエスを」を皮切りに、384番「わが歩む道に」、391番「おどろくべき救い主」、540番「主のみ声が聞こえてくる」、私たちの讃美歌の索引1460頁を見ると、ファニー・クロスビーが作詞した21曲が紹介されています。

作詞者、クロスビーは讃美詩を、なんと8000編を発表しました。しかし、クロスビーは、平坦な人生を歩んだ人ではなかったです。米国ニューヨークで1820年に生まれ、1915年95歳で天に召されるまで、長寿した信仰が篤い女性です。生まれて11ヶ月になった時、目の病気にかかります。治療をする過程で視力を失う不幸が襲いました。生まれた時は健康な目だったが、一瞬で、前が見えない状態になってしまいました。それだけではありません。9歳になった年、祖母と母を残したまま、突然、父がこの世を去りました。9歳で父を失った幼いクロスビーは、たとえ自分に障害があっても、主に用いられたいという内容で初めて詩を書きました。

「たとえ私が見えなくても、私はどれほど幸せな人なのか。

私はこの世を生きる覚悟ができており、それだけで満ち足りている。

他の人が楽しめない祝福をどれだけ私は楽しんでいるのか。

私は目が見えないことで涙ぐんだり、嘆いたりできないが、そうしたくもない」

不幸に襲われ、生活苦に苦しんでいる前が見えない女の子のため、近所の人々がお金を集めました。そして、クロスビーは15歳に「ニューヨーク盲学院」に入学し、12年間勉強をすることができました。そして母校の「ニューヨーク盲学院」に教員として迎えられ、同じ境遇にある目が見えない学生たちを教えました。この学校で大切な人に出会います。後に夫になる「アレクサンダー・アルスタイン」です。アレクサンダーも盲目の人であり、一緒に教師として働きながら、お互いの愛を確認し、結婚をすることになりました。ところが、夫アレクサンダーは、目が見えなくても、学者だけでなく、ミュージシャンとしても有名な人でした。

クロスビーに友人が訪れました。メトロポリタン保険会社の創業者であり、社長であるジョゼフ・F・ナップ(Joseph F. Knapp)の夫人、パルマ(Palmer)でした。パルマ夫人は自分が作曲した讃美歌を持ってきて、クロスビーに歌詞を付けてもらいたいと願いました。パルマ夫人は自分が作った讃美をピアノで繰り返し演奏しながら、クロスビーに聞かせました。すると、クロスビーは丁度一週間前の主日、牧師が伝えた説教とみことばが浮かびました。ヘブライ人への手紙10章22節でした。「心は清められて、良心のとがめはなくなり、体は清い水で洗あわれています。信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。

クロスビーは、詩を書き始めました。日本語翻訳では「イェスは われあがない、れいと血もてすくわれ、このわがたまは この世で てんの栄光たたえる(おりかえし)これぞわがあかしよ これぞわがさんびよ われ生きるかぎりは 絶えず主をほめます」 説教の後に共に歌う讃美歌288番の歌詞です。クロスビーは、このようなことばを話しました。「もし主が私に視力を許してくださっても、私は受けません。天に行けば明るい目が与えられるから、この世界で汚れていない目で上がり、わが主のみ顔を仰ぎます」。この告白が2節、3節の歌詞に使われています。

「主にたよるわがたま あいのこえにつつまれ(みつかいのうたごえ)てんの栄光かがやく」と歌っています。

主にある喜びによって、ゆれるこころがしずまったと言っています。われも、世も消え去り、あおぎます ただ主をと言い、これぞわがあかしであり、これぞわが讃美であり、われ生きる限りは絶えず主をほめますと言いました。救いの恵みを体験した人が主にささげる最高の信仰告白です。みことばでは、「詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。」と記されています。恐らく、私は信徒の皆さんに、この偉大な信仰人であり、作詞者であるクロスビーを紹介してから、今後申し上げることはないかと思う話をいたします。

私は神学校を通う途中、軍に入隊し、3年間の服務を終えてからスアン教会の伝道師になりました。前が見えない私のいとこは「国立ソウル盲学校高等科」を卒業し、釜山に来ました。目が見えないが、ピアノや歌が上手だった弟にイ・マンギュ牧師が讃美と証をする機会を与えて下さいました。弟はスアン教会でピアノを弾きながら讃美しました。いくつかの讃美をメドレーで聞かせてくれました。信徒がよく知っている曲ばかりでした。礼拝を終えてから、弟は私に言いました。 「兄貴、今日私が歌った讃美を作った人は、私のように目が見えない人だけど、たくさんの讃美を作った人なんだ。」と私にクロスビーを紹介してくれました。私たち大阪敎会と宣教協力をしているシロアム眼科病院の金(キム)善(ソン)泰(テ)牧師、チェ・ドンイク前国会議員も目が見えない方です。私より二歳下の従兄弟をよく知っておられます。

釜山松島(ソンド)海岸道路で1978年10月1日のある事件が起こりました。海岸道路を歩いていた青年たちが海に落ちました。その青年たちは、松島ライトハウスで生活する目が見えない人たちでした。その当時、海岸道路には安全設備のガードレールさえありませんでした。通りすがりの人が海に落ちた人たちを助けようとしましたが、押し寄せる波によりもっと深いところに流れて行きました。目が見えない青年たちは陸を目指すべきだったのに、むしろ深い海のほうへ行きました。一度も海水浴場に行ったことがない、前が見えいない青年たちが溺死(できし)する事故となりました。いとこをやっと陸に上げましたが、息を引き取っていました。私はいとこの葬儀をしながら家族と一緒に讃美しました。彼が普段好きだった讃美、私のいとこのように目が見えないクロスビーが、主に感謝しながら作った讃美でした。

説教の前に皆さんと一緒に歌った279番讃美でした。「イェスきみ、イェスきみ、みすくいに われをももらさで いれたまえ」。この讃美が初めて発表されたときは、作詞者の意図がわからず誤解が生じたそうです。なぜなら、原語の歌詞を見ると、タイトルが「Pass me not!」となっています。「私を通り過ぎないでください」との意味です。原語歌詞では「ああ、親切な救い主よ、私を通り過ぎないでください。みすぼらしい私の叫びを聞いてください!他の人を呼ぶときに、私を通り過ぎないでください。」としたためです。ラッパの音と共に再臨するイエス様、そのとき、私を忘れ通り過ぎないでほしいとの意味です。

愛する信徒の皆さん、私たちは、主の恵みによって罪の赦しを得て、クリスチャンになり喜びの人生を生きています。今からは主の恵みに対して感謝する心を持って生きるべきです、最後17節で話されています。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。」私たちがイエス様に属している人であれば、何を話すときも行うときもイエス様の精神、イエス様の心でしなければなりません。そして、私たちは皆、主に感謝する人にならなければなりません。

ゲーテの詩で、呼吸することすら、吸い込むときも、吐き出す瞬間にも、主に感謝せよと言っています。クロスビーが、たとえ目が見えなくても288番のおりかえしで告白しているように。「われ生きるかぎりは絶えず主をほめます、これぞわがあかし、これぞわがさんび」。この告白が私たちの告白にならなければなりません。私たちは、私たちの日常生活の中で、主の恵みを考え感謝する信仰人として生きていきましょう。今日の説教を考えながら讃美歌288番を一緒に歌いましょう。